甲子園球場(82歳)

c0013127_16391099.jpg甲子園球場が出来て82年。
来年の秋から3年計画で改修される。
総費用は200億円。



8/4 朝日新聞記事より 全文
8月、アルプスにふるさとの花が咲く――。6日開幕する第88回全国高校野球選手権大会(朝日新聞社、日本高野連主催)の舞台、阪神甲子園球場(兵庫県西宮市)にアルプススタンドができて77年。この間、戦災や震災をくぐり抜け、興奮と感動に満ちた白球のドラマを包み込んできた。その威容は同時に、観客の郷愁をいざなうステージでもある。


◆来秋球場リニューアル開始 銀傘、架け替えへ ファンは「イメチェンしないで」

 開設82周年を迎えた阪神甲子園球場のリニューアル工事が、07年秋から始まる。一時はドーム球場構想も浮上したが、今の甲子園のイメージを残しての大改修となる。

 阪神電鉄の発表によると、工事は3年計画で、総事業費は約200億円。座席の幅に余裕を持たせ、収容人員を4万7千人(現在は5万人)にする予定。

 老朽化が目立つ球場を耐震補強し、設備を一新する。観客席のシートをリニューアルするのに加え、ファウルグラウンドにせり出した「砂かぶり席」を新設。内野席上方に個室のスイート席を設けるのも特色だ。

 甲子園名物の大屋根「銀傘(ぎんさん)」も架け替える。当初は07年秋に銀傘を撤去し、08年秋から新設する計画で、08年のプロ野球や夏の全国高校野球選手権大会は銀傘なしの予定だった。だが、「シーズン中も銀傘を残してほしい」との声が多く寄せられ、業者との協議で08年春までに架け替えるめどがついた。

 球場を覆うツタも気になるところ。工事でいったん撤去されるが、リニューアル後に復活させる予定だ。ファンからは「あまりイメージチェンジしないで」といった意見が多いといい、同社広報は「甲子園の歴史と伝統を大切にしたい」と話している。


◆いまも焼夷弾の跡が鉄骨に 戦災を越えて

 広島に原爆が落とされた1945年8月6日、甲子園球場も米軍の大空襲にさらされた。一塁側アルプス席を支える鉄骨には今も、焼夷弾(しょういだん)による火災の跡が残っている。

 アルプス席直下の室内練習場から見上げると、高さ約8メートルのアーチ型鉄骨の頂部がゆがみ、波打っているのが見える。鉄骨は29年のアルプス席建設当時のもので、95年の阪神大震災の揺れにもびくともしなかった。

 兵庫県尼崎市立地域研究史料館によると、空襲は午前0時半から約1時間半に及んだ。B29爆撃機が西宮市を中心に計約2千トンの焼夷弾を投下。約2万5千戸が焼失し、2千人近い死傷者が出た。球場でも一塁側アルプス席から外野席にかけて火災が起き、外壁のツタは黒こげになった。

 70年から6年間、球場長を務めた岡本譲さん(83)は戦後復員し、52年に阪神電鉄事業部の社員として球場に着任。その時、ゆがんだ鉄骨を見て感無量になった。戦時中の球場を守り抜いた関係者からは、グラウンドには多数の不発弾が突き刺さっていたと聞いた。

 米軍占領下で高校野球が再開された時、炎上した一塁側アルプス席の一部はまだ立ち入り禁止になっていた。接収が解除され、球場が阪神電鉄に返還された後、同社が補修工事をした。




■甲子園球場とアルプススタンド小史■

1924・8 甲子園球場完成

   第10回全国中等学校優勝野球大会が開催される

29・7 アルプススタンド完成

31・7 アルプスに鉄傘がつけられる

41・8 戦時体制で、夏の大会が中止に

43・8 鉄傘を軍需用に供出。球場に高射砲が設置され、航空機工場に

45・8 敗戦

45・10 米軍が球場を接収する

46・8 夏の大会が西宮球場で復活

47・8 7年ぶりに舞台が甲子園に戻る

51・8 内野スタンドに銀傘が完成

53・8 夏の大会がテレビで初中継される

56・4 ナイター設備が完成

58・8 米軍管理下の沖縄から初の代表として首里が出場

78・8 第60回大会で現在の49代表制に。参加校が3000校を超える

84・3 電光式スコアボード完成

91・12 ラッキーゾーン撤去

95・1 阪神大震災でアルプススタンドに被害

2005・11 阪神電鉄が甲子園球場リニューアル計画を発表


甲子園名物のツタは完成した年の冬に植えられたそうです。昔の人はすごい。今の人はこういう発想をするだろうか。「維持管理が大変」などというのが関の山だろう。

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  by rei7955 | 2006-08-04 01:21 | 高校野球

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