カテゴリ:大学野球( 10 )

 

甲子園 12日目結果

■予想結果 2勝(通算31勝12敗 的中率72%)

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東洋大姫路は4-0と序盤リードしたが逆転された。駒大苫小牧の田中は中盤以降頑張った。


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今大会を象徴するような試合。スコアをじっくり見て欲しい。
7回までは8-2と智弁和歌山の圧勝ペース。
帝京は9回表4-8の劣勢を奇跡の大逆転。9番打者のホームランなどでなんと8点を
取って12-8と逆に4点の差をつけた。今度は智弁和歌山が大ピンチ。
しかし投手を使い果たした帝京に今度は智弁和歌山が襲い掛かる。
3ランホームランなどで5点取って軌跡の逆転サヨナラ勝利。
両チームあわせて7ホームランが飛び出した。
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  by rei7955 | 2006-08-17 21:36 | 大学野球

長嶋元監督と太田元監督

長嶋元監督、太田氏と談笑 勇退パーティー前に 共同通信 1月27日
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 長嶋茂雄巨人元監督が27日、東京都内のホテルで行われた「太田誠氏勇退 感謝の集い」の控室を訪れ、昨秋限りで勇退した駒大の太田誠前監督と約20分間談笑し、労をねぎらった。
同席した元巨人の中畑清氏によると、長嶋元監督は太田前監督に深々と頭を下げ、「35年間お疲れさまでした」とあいさつ。太田前監督が駒大の学生時代に立大と対戦した際、長嶋元監督の本塁打を目の当たりにして「野球を辞めようかと思った」とエピソードを披露すると、長嶋元監督は大笑いしたという。

太田前監督が「顔つきがいいですね」と声をかけると、満面の笑みで喜んだという。長嶋元監督はパーティーへの参加も希望していたが、所用が入ったため、開会前に会場を後にした。

東京六大学と東都大学の雄が久しぶりに会った。二人はともに1936年(昭和11年)生まれで学年はミスターが一つ上。

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  by rei7955 | 2006-01-27 23:05 | 大学野球

小椋正博(52歳)

駒大 小椋新監督が決定

 駒大野球部の新監督に、元コーチの小椋正博氏(52)が就任することが25日、決定した。同大の大谷学長が野球部OB会への説明会で報告。OB会側も了承した。小椋新監督は11月に退任した太田誠前監督(69)の下、80年からコーチを務め、河原(西武)高橋尚(巨人)らを育成。04年の退任後は夏の甲子園で連覇を達成した駒大苫小牧などで臨時コーチも務めていた。小椋新監督は「太田野球を継承し、まずバッテリーを立て直す。同期の中畑氏(本紙評論家)にも相談し、アドバイスを求める」とOB会とのさらなる連携強化を強調した。またコーチは今季限りで広島を引退した野村謙二郎氏(本紙評論家)の実弟、野村昭彦氏(37)が引き続き務める。

 ◆小椋 正博(おぐら・まさひろ)1953年(昭28)7月30日、長野・飯田市生まれの52歳。松商学園から72年に駒大入学。4年時の春秋連覇などリーグ優勝5度、全日本大学選手権、明治神宮大会も各1度ずつ優勝を経験した。卒業後は東芝を経て80年から04年1月まで駒大コーチ。
[スポニチ 2005年12月26日付 ]

いろいろあったみたいだがようやく決まった。小椋新監督は捕手出身。25年間投手コーチを担当していて数年前に一時期現場を離れていた。プレッシャーはあるだろうけど経験を生かして頑張ってほしい。

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  by rei7955 | 2005-12-26 23:30 | 大学野球

国士舘 永田監督(47歳)

日刊スポーツ

国士大野球部監督に国士舘永田監督
 国士舘高(東京)で春夏通算8度甲子園に導いた永田昌弘監督(47)が、東都大学野球2部リーグ、国士大の監督に就任することが12日、明らかになった。大学で指揮を執る武居邦生監督(49)が今月いっぱいで任期満了となるため、付属高で実績を積んだ永田監督に白羽の矢が立った。

 永田監督は83年に国士舘高に就任。91年センバツで甲子園初出場し4強入りへ導くなど、春は03年まで合計7回出場。夏の選手権は今年、地区大会6度目の決勝進出で初めて甲子園出場(2回戦敗退)を果たした。「守りから入る野球」「足はうそをつかない」など守備力重視の指導方針。他校に先駆けて「地下足袋ソックス」を導入するなど、堅実な指導に定評がある。

 永田監督の母校でもある国士大は、現在2部に甘んじている。95年秋に2部降格後、10年間1部昇格できずにいる。今年は春秋ともに5位と低迷。永田監督が主将として優勝に貢献した79年秋以来の1部優勝へ、関係者の期待も大きい。

 国士舘高の後任監督は、今秋の社会人日本選手権で優勝した松下電器の箕野豪内野手(28=国士舘-東北福祉大)が就任する。[2005/12/13/07:11 紙面から]

以前は「春の国士舘」といわれ春は7回出場していたが夏の甲子園になかなか出られなかった。それを今年ようやく果たした。
国士舘高校野球部を22年間も指導し強豪校にした手腕を大学野球で発揮してほしい。




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  by rei7955 | 2005-12-13 18:57 | 大学野球

中京女子大野球部

スポニチ 12/4

このブログでも7/4に取り上げたが、中京女子大硬式野球部がついに大学(愛知)リーグに加盟した。

女子の硬式野球大会は高校・大学とも全国選手権大会がある。

さらに今年から第1回全国選手権大会を行った。
16チーム(高校5、一般11)が出場して神村学園(高校)が優勝している。

日本女子野球協会はセレクションを行い、日本代表を選出して野球ワールドカップに派遣している。日本女子代表は現在2連覇中である。(監督=元日本ハム 広瀬哲朗)

女子大学野球リーグがない現状、硬式野球で真剣に戦う場を求めたのだと思う。
個人的には女子大学野球リーグができることを望む。



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  by rei7955 | 2005-12-04 20:51 | 大学野球

亜細亜大野球部一部復帰

共同通信社 2005年11月6日

先週の土日の入替戦で中大に連勝してストレートで一部復帰を決めた。
大変失礼な話だが、立正大が一部に踏みとどまったのは以外だった。
亜細亜大の四年生もこれで少しは胸を張れるだろう。
来春の東都は駒大の後任監督(まだ未定)の采配とともに面白くなった。

詳細は「たまゆうのひまつぶしブログ




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  by rei7955 | 2005-11-07 23:02 | 大学野球

東都大学野球と愚痴

各チームが序盤戦を戦い終えた。
青学東洋が順調な滑り出し。2戦2勝0敗=勝点1。
駒沢が3戦2勝1敗=勝点1。一部に昇格した立正が6戦3勝3敗=勝点1
勝点の無いのが日大3戦1勝2敗。中央4戦0勝4敗。
中央は青学と東洋に連敗。ちょっと追い込まれてきた。

でも、東都の本番はこれから。
勝点1を取るのに4試合やることだってある。(1勝1敗1分け)
しかもこの時期は天候不順で結構雨に悩まされる。
土日にやる東京六大学の試合結果にも日程が左右される。
六大学の対戦が1勝1敗で土日に決着がつかないと月曜日に、雨で流れると火曜日に行われ、火水の東都の予定は水曜日以降にずらされる。
大学野球ではエースの連投も珍しくないので投手の調整が難しい。


とにかく神宮球場の使用はすべて六大学優先で日程が組まれる。
今更愚痴っても仕方ないが、東京六大学には一部リーグしかない。
したがって二部降格という屈辱を味わう心配がない。
周知の通り、その中でも東大はダントツで常にリーグ最下位である。
つまり六大学野球は実質5チームで戦っていることになる。

一方の東都大学は、21大学で組織され1部リーグから4部リーグまである
各リーグの最下位になると、下部リーグの優勝チームとの入替戦が毎回行われる。
東都の場合、神宮球場で試合ができるのは1部リーグだけである。二部リーグ以下のチームは各大学のグランドで試合を行う。

データを見てみる。
大学野球選手権過去20年間で
東都所属チームは9回優勝しているが六大学所属チームの優勝は2回。
この10年間では東都4回、六大学は0回である。


六大学野球が優遇されるのには過去の歴史、貢献度、費用負担などの理由があるのだろうと推察する。
しかし野球改革が叫ばれる昨今、大学野球はこれでいいんだろういかという気になる。
大学選手権で優勝したリーグが土日を使えるというふうにはできないのだろうか。
又は一年交代とか、方法はあると思うのだが。
1925年(大正14年)から80年間変わっていない。

参考までに大学野球は全国に26連盟があり368大学が加盟している。
地方の大学の合言葉は、地元で勝って大学野球の聖地「神宮へ行こう」である。



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  by rei7955 | 2005-09-17 00:22 | 大学野球

立正大が勝点 東都大学野球

◆立正大 10-9 日大
試合結果東都大学野球で今季一部に昇格した立正大が初の勝点1を獲得した。
試合は0-8で7回裏から立正大が猛反撃。7回に3点、8回に5点、9回に1点奪って延長戦へ。そして10回裏、7番の土井がサヨナラ本塁打で逆転勝利。

立正大の粘りの勝利も素晴らしいけど日大は相当ショックだったと思う。
でも東都は乱打戦になった場合、こういう試合が意外と多い。
立正大の次の相手は駒大。駒大の選手は日大に「なんてことすんの!」って感じ。

◆亜大9-8 専修大
専修大神宮第2球場で同日行われた2部リーグでは、不祥事で1部から降格した亜大が専大との初戦を9-8の白星で飾った。
亜大は4回まで7-2と優位に試合を進めたが、専大の反撃に遭い、9回の攻めを2点に食い止めて逃げ切った。

亜大は初戦がいきなり専修というのも厳しかったが、半年のブランクの中なんとか勝ったという感じ。勝点を挙げるにはもうひとつ勝たなくてはならない。


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  by rei7955 | 2005-09-07 23:06 | 大学野球

駒大 太田監督秋に勇退

朝日新聞記事
以前から密かに聞いていたがついにという感じ。
監督歴36年。春・秋のリーグ戦で優勝を知らないで卒業した選手は一人もいないという偉業を続けている。

東都大学で唯一、二部降格を経験していない大学だったが三年前初の二部降格。このとき周囲は引退かと騒いだが本人は「一部に戻らなければ」という思いが強かった。そして見事最短で一部に復帰した。息子はこのとき三年生で専修大との入替戦は本当に死闘だった。2試合とも投げ2勝できたが、このときの駒大ナインの気迫は鬼気迫るものがあった。三、四年生の頭は坊主ではなく一厘だった。

太田監督には息子が入部したときに挨拶に行った。「おお、○○さん!息子さんは頑張っているよ、大丈夫ですよ。」とあの独特のダミ声で言われて恐縮した。

息子が二年生のときは12月の末に静岡の監督の実家に息子が呼ばれて一人だけ個別指導も受けたりした。

三年生の秋に一部昇格を決めた翌日、主将に任命されその足で群馬のお寺に行き、帰りに住職から子犬をもらって帰ってきたりした。(名前はコマ 今も野球部寮内に住んでいる)
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伝説・逸話は沢山ある。(書ける逸話だけ書くと)
一年生は監督のそばに立っただけで緊張のあまり脱水症になるとか。
中畑清は巨人から指名されていなかったが中畑が無理に太田監督に頼み込んで巨人入りした話。
当時主将の野村謙二郎(広島)が練習中、ちょっと気持ちが入っていないプレーをしたら、即練習から外した。夕方になり練習が終わりみんな寮にいるのに、野村だけは暗くなっても延々と寮の壁に向かってボールを投げ続けゴロを捕る練習を続けた。太田監督が「もういいから」と言うまでやめなかったという話。
部員の親が危篤だと聞いたらその場でタクシーを拾い、財布の中身を全部運転手に渡して「この若者を○○まで届けてくれ」と言った話。
「○○、お前東都の理事長をやれ」と突然電話した話。(今もその人はやっています)

部員のプロ入りにはあまり積極的ではなく、一人前の社会人として育てることに主眼をおいていた。(そのせいか駒大の選手は社会人を経験してからプロ入りする選手が多い)それをきちんと部員に説明する。四年生の卒業進路は全て面倒をみている。
そういえば駒大苫小牧の香田監督も太田監督の一声で北海道に赴任した。
そういう逸話はきりがないくらいある。
シーズンオフは卒業生の結婚式出席で多忙である。

昔堅気の古い監督がまた一人現場から去ってゆく。
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  by rei7955 | 2005-08-14 22:35 | 大学野球

女子硬式野球部

川越市にある尚美学園大学が初の女子硬式野球部設立。
日刊スポーツ記事
どうでもいいけど広瀬も新谷も駒大。

それにしても中京女子大は男子のリーグに加盟しようとしているんだ。頑張ってるなあ。
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  by rei7955 | 2005-07-06 22:34 | 大学野球

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