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松井秀喜(31歳)

 米大リーグ・ヤンキースの松井秀喜外野手は27日、野球の国・地域別対抗戦「ワールド・ベースボール・クラシック」(WBC)への出場を辞退したことを明らかにした。代表入りを要請されていた松井秀は26日夜、日本代表の王貞治監督(ソフトバンク監督)に手紙で不参加の意向を伝え、了承された。

 松井秀は27日、ヤンキース広報を通じてコメントを発表。「中途半端な気持ちのままで引き受けては、(何が何でもWBCを制するという)王監督の期待する役割を果たすことなどできないし、してはいけないと思った」と説明。

 「(ヤンキースと日本代表と)どちらか一方がおろそかになる不安をぬぐい去ることができなかった。特にヤンキースでワールドチャンピオンになるんだという米国行きを決断したときの大きな夢がおろそかになるのを恐れた」と心情を吐露し、「迷い、悩み、返事が遅れてしまったことを反省しています」と述べている。

 王監督は今月9日、代表29選手を発表したが、残り1枠を松井秀のために空け、「返事を待っている。出てくれるものと信じている」と説明していた。王監督は27日、記者団に対し、「残念だが、本人が決めること。代替30人のなかから、新たに選ぶことになる。出られる人間でやるしかない」と話した。

 WBCに消極的とされるヤンキースでは、ポサダ捕手やA・ロドリゲス内野手ら参加を見合わせる選手が相次いでいる。

 日本代表には、大リーグからイチロー外野手(マリナーズ)や井口資仁内野手(ホワイトソックス)、国内からは松坂大輔投手(西武)や上原浩治投手(巨人)らが選出されている。

 ◇「渡米決断したときの大きな夢」を優先

 迷いに迷った末の決断は出場辞退だった。WBCに対して消極的とされるヤンキースの意向を汲んだというより、ヤンキースで米大リーグのワールドチャンピオンになるという「渡米を決断したときの大きな夢」を何よりも優先したい。松井秀の説明は真情に基づくものだろう。

 「面白い試みだと思いますよ。ただ、どこまですべての国が本気でやるかですよね」。松井秀はWBCについてそう語っていた。しかしチームメイトのシェフィールド(米国)が「WBCはつくられたイベント」などとして7月の段階で早々と出場辞退を表明。やはり同じヤンキースのA・ロドリゲスも一度は意欲を見せたものの、一転して出場を辞退。

 さらには米大リーグ開幕直前の3月開催とあって、投球数の制限規定を導入されることも検討されている。「WBCによってベースボールは新たな次元に入ることになる」というセリグ・大リーグ機構コミッショナーの言葉とは裏腹に、WBCの軽さが目立っているのが現状だ。

 それでも松井秀が迷ったのは、王監督をはじめとする日本代表の「WBC優勝」にかける熱い思いに直接、触れたからだ。王監督は「とりあえず始めることに意義がある」と松井秀を説得したという。

 もともと夏が近づくにつれて調子を上げるスロースターター。WBCに出場すれば、そのリズムが崩れ、公式戦に影響する恐れもある。「(大リーグの)ポストシーズンでプレーできることは、選手冥利に尽きる」という松井の価値観からすれば、辞退もやむをえない流れだった。【高橋秀明】

 ◇松井秀のコメント

 松井秀は27日、WBC出場辞退について、ヤンキース広報を通じ、以下のコメントを発表した。

 ◇  ◇  ◇

 王監督の代表チームへのお誘いを受けてから、私はもう一度初心に戻ってWBCに対する自分なりの考えを整理し直しました。その結果、今回は大変心苦しいのですが、代表チーム入りを見送らせていただきたいという結論に達しました。

 王監督以下、代表チームのメンバーからは、何が何でもWBCを制するという強い意志を感じます。また、王監督がおっしゃった「とりあえず始めることに意義がある」という言葉も痛いほど身に染みました。しかし、だからこそ私は自分が中途半端な気持ちのままで日本代表入りを引き受けてしまっては、先日うかがった王監督の期待する役割を果たすことなどできないし、また、してはいけないと思ったのです。これらはすべて自分自身のプレーヤーとしての未熟さ、余裕のなさに起因していることは言うまでもありません。

 ヤンキースの一員としての仕事と、日本代表としての仕事を両立するのがベストなのは分かっています。また、王監督やファンもそれを望んでいるのも理解しています。しかし、どうしてもどちらか一方がおろそかになる不安をぬぐい去ることができませんでした。二つの目標を追うことによって、特にヤンキースでワールドチャンピオンになるんだという米国行きを決断したときの大きな夢がおろそかになるのを恐れる自分がいました。

 お話をいただいてから1カ月、私なりに迷い、悩み、その結果このように返事が遅れてしまい、チームを編成される王監督、ならびにファンの皆さまに大変なご迷惑をおかけしてしまったことを心より反省しております。

毎日新聞 2005年12月27日 

松井秀WBC辞退決断 王監督に伝える
 ゴジラ、不参加!来年3月に開催される国別対抗戦「ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)」への出場要請を受けていたヤンキース・松井秀喜外野手(31)が26日、最終的に辞退を決断。同日夜に関係者を通じて日本代表の指揮を執るソフトバンク・王貞治監督(65)に辞退の意思を伝えたもようで、日本プロ野球組織(NPB)もこれを了承。代わって中日・福留孝介外野手(28)が選出される見込みだが、日本代表は4番を失うことになった。

 松井にとっては苦渋の決断だった。2日に王監督から直々にWBCへの出場要請を受けたものの、同大会への選手派遣に強い難色を示すヤンキースの意向、さらにシーズン開幕を目前に控えた3月という開催時期を含めた大会趣旨に賛同できないことから、今月中旬には辞退の意思を固めていた。しかし、4番の座を確約してくれた王監督の熱意、さらに日本のファンの心情を考慮した上で、最終回答に関しては先延ばしにしてきた。

 そうした中、WBCに参加予定だったAロッド、ポサダらヤ軍の主力が相次いで辞退を表明。また、米政府がキューバの参加を政治的理由から拒否するなど、松井の同大会への疑念は深まる一方となった。このため辞退の意向は覆されることなく、この日に最終的に不参加を決断。同日夜に関係者を通じて正式に辞退の意を王監督に伝えたもようで、同日に福岡市内のホテルで王監督と会談を行っていたNPBの長谷川事務局長もこれを了承した。

 王監督の期待に応えられなかったことは苦しかった。巨人時代は同監督の日本記録本塁打数となる「55」を背番号にし、極度の不振にあえいでいたメジャー1年目の5月には同監督から直筆で「勇気」の2文字を書き記したサインボールが届けられた。生涯忘れられない恩義があるだけに最終決断を下すまでに悩み抜いた。帰国前にはイチローと共通の知人を通じて連絡を取り合い、2次リーグからの参加が許可されるならという条件のもとに自らの出場も視野には入れていた。

 ただ、その一方で今オフに4年総額62億円の大型契約を結び、名実ともにヤ軍の中心選手となったことで、公式戦開幕に万全の状態で臨みたいとの思いも強かった。6月12日のカージナルス戦で捻挫した右足首は、半年たった今も「腫れは残っている」という状態。そのままWBCに出場することで調整が例年より1カ月前倒しになることは非常に厳しかった。

 王監督が「彼が出場してくれないと日本野球の本来の力は出ない」と語っていたように、4番松井の不参加で日本代表の戦力ダウンは計り知れない。松井の代役として中日・福留が選出される見込みだが、井口、大塚の出場もここにきて微妙な情勢。王JAPANが大幅なチーム再編を迫られる可能性も出てきた。

 ≪4番は松中有力≫松井が出場辞退を正式に決めたことで、4番に座ることが有力視されるのはソフトバンク・松中だ。アマチュア時代(新日鉄君津)にはアトランタ五輪、プロ・アマ合同で戦ったシドニー五輪に出場経験があり、世界の舞台の経験は豊富。王監督の信頼も厚い。松中自身「世界レベルの戦いで体が熱くなる思い。日本のプロ野球界を考えると絶対に勝たなければならない大会」と語っており、期待がかかる。

 ≪イチローら「問題ない」≫日本代表・王監督はこの日、松井の辞退表明に先駆け、福岡市内のホテルでNPBの長谷川事務局長と会談。規定通り大リーグ機構や同選手会を通じて出場要請し「WBC運営会社の許可を受け、メンバー発表(今月9日)を行った」と説明を受けた。イチロー(マリナーズ)井口(ホワイトソックス)大塚(レンジャーズ)の出場についても「問題ない」と報告を受けた。
[スポニチ 2005年12月27日 ]

う~ん残念!一言でいうとメジャー機構サイドの準備不足。
松井のコメントはわかるような気がするが、なんとなくそういうもんかあ?、とも思ってしまう。
「真の世界一を決める場ではない」と思っているようだが、王監督の「まず始めることが大事」という言葉の方を支持したい。
確かに準備体勢にいくつも不備があるのはわかる。プロ野球選手会も当初は反対していた。しかし野球の発展という意味では将来的にみて疑いはないだろう。
選手会が出場に踏み切ったのはそのへんを考慮してのことだ。

メジャー全体もそしてヤンキースの中でも出場することに対して意思統一が取れていないことがよくわかる。
つまりメジャー機構主体で準備を進めてきて、メジャーの選手会に対してはなんら強制力もない。出場は任意であることを示している。各球団と連携がとれていないということだ。
各球団にとっては「ワールドベースボールクラシック」よりもワールドシリーズが一番なんだということだ。

19日のブログにもコメントしたが出場するメジャーの選手はどういう理由で出場に踏み切ったのか心境を聞いてみたい。
まあ松井が決断し、王監督がそれを了承したのだから仕方ない。

これで松井は相当な覚悟で来期シーズン入りし、きちんと結果を残さなければならなくなったことだけは確かだ。

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  by rei7955 | 2005-12-28 00:35 | メジャーリーグ

小椋正博(52歳)

駒大 小椋新監督が決定

 駒大野球部の新監督に、元コーチの小椋正博氏(52)が就任することが25日、決定した。同大の大谷学長が野球部OB会への説明会で報告。OB会側も了承した。小椋新監督は11月に退任した太田誠前監督(69)の下、80年からコーチを務め、河原(西武)高橋尚(巨人)らを育成。04年の退任後は夏の甲子園で連覇を達成した駒大苫小牧などで臨時コーチも務めていた。小椋新監督は「太田野球を継承し、まずバッテリーを立て直す。同期の中畑氏(本紙評論家)にも相談し、アドバイスを求める」とOB会とのさらなる連携強化を強調した。またコーチは今季限りで広島を引退した野村謙二郎氏(本紙評論家)の実弟、野村昭彦氏(37)が引き続き務める。

 ◆小椋 正博(おぐら・まさひろ)1953年(昭28)7月30日、長野・飯田市生まれの52歳。松商学園から72年に駒大入学。4年時の春秋連覇などリーグ優勝5度、全日本大学選手権、明治神宮大会も各1度ずつ優勝を経験した。卒業後は東芝を経て80年から04年1月まで駒大コーチ。
[スポニチ 2005年12月26日付 ]

いろいろあったみたいだがようやく決まった。小椋新監督は捕手出身。25年間投手コーチを担当していて数年前に一時期現場を離れていた。プレッシャーはあるだろうけど経験を生かして頑張ってほしい。

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  by rei7955 | 2005-12-26 23:30 | 大学野球

王監督(65歳)とバレンタイン監督(55歳)

スポニチ
来年3月の国別対抗戦「ワールド・ベースボール・クラシック」(WBC)の日本代表を指揮するソフトバンクの王貞治監督(65)がロッテのボビー・バレンタイン監督(55)をアドバイザー役に指名した。メジャーを熟知したボビーに米国代表などの戦力分析を依頼するもので、日本代表とロッテの練習試合も決定。パ・リーグを沸かせた両指揮官が「世界一」を合言葉に強力タッグを組む。

 名球会のテレビ収録を終え、ホノルルにある別荘に戻った王監督はいつにも増して雄弁だった。悲願の世界一に向けて、これ以上ない相談役を手に入れたからだった。

 「3月にロッテが(日本代表と)対戦してくれることになったし、その時期になったらバレンタイン監督にアメリカの情報でいろいろと聞きたいことも出てくるだろうね」。前夜の名球会パーティーでバレンタイン監督と会談。一夜明けて王ジャパンへの全面協力を約束してもらい、2月下旬からヤフードームで行う代表合宿中にロッテとの練習試合を組んだことも明かした。ロッテから最多の8人が選出されたが「一番最初に返事をもらった。本当は8人も、となるけど彼は喜んで送り出してくれた上に“名誉な話だ”と言ってくれた」。プレーオフ第2ステージでは激闘を繰り広げた両雄だが、クラブチームの世界一決定戦をそろって提唱するなど“世界舞台”では強力タッグを組むのだ。

 何よりレンジャーズ、メッツで指揮を執ったボビーのメジャー情報は大きな武器になる。王監督は予選リーグで米国を中心にスコアラーを派遣する一方、分析力にもたけたボビーからメジャーで活躍するドミニカ共和国、プエルトリコ勢ら代表選手の特徴や弱点を入手し、攻略の糸口をつかむ。

 なお、日本代表の主将については「今は決めない。集まってから自然発生的に出てくるだろう」と選手同士の和を重んじる姿勢を明かした。「日の丸を背負っている以上最高のもの、金メダルを期待されている。威信を懸けてやる」。王監督は初代世界一へ、あらためて決意をみせた。
[ 2005年12月19日付 紙面記事 ]

本戦前に練習試合を組めるのは日本代表としてはすごく有意義だと思う。他チームの監督はどんなスタンスでいるんだろう。「WBCなんか早く終えてペナントレースに集中してほしい」なんて情けないことを思っているんだろうか。
松井ももう少し考え方を見習ったら?A・ロッドも出場するかもしれないし。彼の場合はアメリカ代表とドミニカ共和国のどちらの代表で出ても義理を欠くという理由で出場を固辞しているようだ。
松井の場合は何が問題なのだろう?「シーズンに万全の状態で出られなくなるとチームに迷惑をかける」というのが本当の理由だとしたら、松井にとって今回の大会はペナントレースよりは重要ではないということだ。イチローはそれをどう聞くだろうか?チームメイトのジーターやバリーボンズが出場する理由は?

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  by rei7955 | 2005-12-19 22:20 | プロ野球

杉浦正則(37歳)

日本生命の新監督に杉浦氏が就任

 社会人野球の日本生命の新監督に、シドニー五輪で日本選手団の主将を務めた杉浦正則氏(37)が来年1月1日付で就任することが15日、分かった。杉浦氏は和歌山・橋本から同大入り。90年秋にはエースとしてリーグ優勝に貢献して最優秀選手に輝いた。日本生命では92、97年の都市対抗野球で優勝に貢献。いずれも橋戸賞を受賞している。五輪にも92年バルセロナ大会から3大会連続で出場。2000年に現役を退いた後は、投手コーチを務めていた。
[ スポニチ2005年12月16日付 紙面記事 ]

杉浦はミスターアマチュア野球と言われた人。プロからの誘いを断ってアマチュア選手であることにこだわり続けた。ようやく順番がまわってきたのだと思う。




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  by rei7955 | 2005-12-16 23:10 | 社会人野球

サッカー:審判団7組中2組が体力検査に失格

サッカーの審判も、選手並みの節制と体力強化が求められる時代になった--。日本で開催中のトヨタカップ世界クラブ選手権に招待された7組の審判団のうち、2組が国際サッカー連盟(FIFA)が定めた新フィジカルテスト(体力検査)に失格し、ローテーションから外されていたことが分かった。

 同選手権は全7試合。日本を代表して参加している日本の上川(かみかわ)徹国際主審(42)は、すでにシドニー-サプリサ戦(12日)で主審を務め、本来なら“御役御免”になっていたはずだが、欠員が出た影響で急きょ、もう1試合笛を吹く。

 誤審への批判が相次いだ02年のW杯日韓大会以降、FIFAはコミニュケーションを重視して、原則的に主審、副審を同一国の3人1組で構成、起用している。このチームから、フィジカルテストで1人でも失格者が出れば、3人そろって審判ローテーションから外される。従来のテストでは1200メートル走を時間内に走る長距離走が重視されていたが、今年から40メートル走や150メートル走などを組み合わせ、持久力に加えてスピードも求める「主審にとっては、より実戦に近い形」(日本サッカー協会・小川審判部長)になった。

 上川主審は第4の審判として、フランス審判団をサポートしたアル・イティハド-サンパウロ戦(14日)でも、肉離れを起こして前半限りで退いた副審に代わり、後半から不慣れな副審のポジションに入った。異例の出来事だったが、無難にこなせたのは日ごろから鍛錬を怠ってはいなかったからだと評価されている。

 日本協会は15日の理事会で、審判員専任のフィジカルトレーナーを来年1月から恒常的につけることを決定した。平田専務理事は「個人任せ、片手間ではなく、審判のトレーニングを本格的に進める必要がある」と強調している。【安間徹】

毎日新聞 2005年12月16日 9時47分 (最終更新時間 12月16日 10時14分)

FIFAはこういうところはしっかりやっている。審判の試合への影響を考えたら当然のことだがそれをできていないスポーツが多い。

昔はラグビーの審判は平日は仕事を抱え、審判の仕事はボランテイアでやっていた。
普段のトレーニングも夜、自宅周辺を走って自主トレでこなしていた。
たとえ日本選手権決勝戦で笛を吹いても日当はなく無給で弁当一個支給、という時代があったが今はどうなんだろう。審判専任のフイジカルコーチなんて考えられなかった。




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  by rei7955 | 2005-12-16 22:48 | スポーツ全般

横浜:NPO設立へ 野球を通じ地域活性はかる

プロ野球の横浜ベイスターズは15日、地域貢献を目指す特定非営利活動法人(NPO)の設立を神奈川県に申請した。横浜市に本拠を置く社会人野球の新日本石油ENEOSと提携し、スポーツ、特に野球を通じて地域活性をはかるのが目的。日本野球連盟によると、プロ球団と社会人チームがパートナーとなりNPOを設立するのは全国初のケースだという。

 NPOの名称は「横浜ベイスターズ・スポーツコミュニティ」で、来年4月からの活動を目指す。神奈川県下での少年野球教室など技術指導をはじめ、病院や養護施設の慰問なども行う。横浜の選手は主にシーズンオフに活動する予定。理事長には両チームのOBで、プロ通算201勝を挙げた平松政次さん(58)が就任する。

 日本野球連盟の後勝事務局長は「野球のすそ野拡大につながる取り組みで喜ばしい」と期待を寄せている。

毎日新聞 2005年12月15日 22時19分

今度はNPO法人だ。一昔前までは特定非営利法人なんてプロ野球の球団からは発想できなかったことだと思う。
今年のオフは野球に関する各地の動きがやたら多い気がする。新クラブチーム設立、元プロ選手のアマ野球監督就任、コーチ就任など。こういう動きは案外、地方の自治体が熱心なのかもしれない。
日本野球連盟の後勝事務局長は「野球のすそ野拡大につながる取り組みで喜ばしい」と期待を寄せている。
期待を寄せていないで、こういう動きを拡大、展開した場合のシミュレーションをして新しい提案でもしてほしい。

これからも各地でさまざまな新しい試みや活動が起きてくるだろう。
日本の野球組織の理想は、プロの部とアマの部の上にそれらを統括する組織を置くことだと思う。そろそろ窓口を一本化する動きがほしい。

■余談
誘拐殺人、同級生死傷事件、いじめや登校拒否、育児放棄、放置、学校の先生の多忙さなど、今の教育の現場は大変そうだから、こういう活動が学校のクラブ活動などに少しでも役に立つことはいいことだと思ったりする。

ただ同時に学校の不祥事も増加している。地域とスポーツ、スポーツと子供たち、指導員の育成、スポーツをする環境の整備、親や子供たちへのフォロー体制など、課題は山積している。

向上心、強い体、練習・努力して上達することの喜び、悔しさ、挫折、仲間との連帯意識、挨拶、礼儀、感謝の気持ち、スポーツを通して人間を豊かにするものは多いと思う。

本当は文部科学省あたりが音頭をとってやることだと思うけど無理だろうなあ。
大体、お役人自身がスポーツをやらずにお勉強だけで今の地位を勝ち取っているし。
試験の科目も、社会に出たら役に立たない英数国とか言ってないで、体(体育)も加えたらいいんじゃないの。そうすれば教育ママの株も少しはアップするかもよ。




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  by rei7955 | 2005-12-16 22:33 | プロ野球

松坂メジャー断念

西武・松坂が一発更改、投手で7人目の3億円到達
 西武の松坂が15日、契約更改に臨み、8000万円増の3億3000万円(金額は推定)で一発サインした。

 今月12日に3億円で更改した先輩・西口を抜いて、投手としてパ・リーグ最高となった。

 3億円到達は投手としては史上7人目。

 7年目の今季は開幕戦に先発して以降、ローテーションを外れず、リーグ最多の15完投で14勝(13敗)、防御率は2・30と自己最高だった。奪三振226で4度目のタイトルも獲得した。松坂は「イニング(215回)を多く投げたこと、奪三振と防御率を評価してもらった。自分でも投球の質と内容は良かったと思う。来年はそれをチームの結果につなげたい」と話し、「久しぶりに最多勝を狙いたい」などと笑顔で話した。ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)についても「みなさんが期待するような結果を出したい」とした。

 この日は将来の米大リーグ移籍についての話し合いは行わなかった。松坂は「(来季の挑戦については)球団との話し合いは終わったこと」としながらも、2007年以降について「(挑戦する気持ちは)変わらない」ときっぱりと話した。

 今月8日に生まれた長女と妻の倫世さんは福岡の実家におり、「最近はテレビ電話で顔を見ています」などと話して表情をゆるめた。

(2005年12月15日22時30分 読売新聞)

残念としかいいようがない。




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  by rei7955 | 2005-12-15 23:59 | プロ野球

仰木彬(70歳) 逝去

前オリックス監督の仰木彬さん死去
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 近鉄、オリックスで監督として指揮をとった仰木彬氏が15日、福岡市内の病院で死去した。70歳だった。

 同氏はがんで闘病中だった。今シーズンは近鉄球団との合併で新生オリックスの指揮をとったが、体調不良を理由に退任。同球団のシニア・アドバイザーに就任したが、退任後は入退院を繰り返していた。

 ◇     ◇  

 名将が静かに人生の幕を閉じた。

 近鉄との球団合併で新生オリックスの指揮をとった今季は、シーズン中も体調を崩すことが多く、定期的に通院を続けていた。試合中にコンディションを崩すこともあったが、それでもさい配を振るい続けた。

 仰木氏に近い関係筋によると、ガンが転移している状態で、オフになっても入退院を繰り返した。11月3日、マリナーズ・イチローが療養中の恩師を見舞いに訪れた。その際に、12月に神戸で食事をする約束をしたが、ついに力尽きた。

 西鉄では、二塁手として、中西太、稲尾和久、豊田泰光らと常勝軍団を引っ張った。現役を退いた後はコーチ業を経て、近鉄監督に就任。野茂を育てるなど才能を開花させた。その後、オリックス監督として日本一に導くなど「熱パ」を演出した。

 今オフ、オリックスの球団シニア・アドバイザーに就任。積極的に清原獲りのアプローチを行っていた。仰木氏に近い関係者によれば「清原が来てくれるかもしれん」喜んでいたという。

 ◆仰木彬(おおぎ・あきら) 1935年(昭10)4月29日、福岡県生まれ。東筑高時代4番兼エースで甲子園出場、54年に西鉄入りした。プロでは二塁手に転向、黄金時代の一員として活躍。14年間の現役通算は1328試合、2割2分9厘、70本塁打。西鉄、近鉄コーチを経て88年に近鉄監督に就任。89年にリーグ優勝した。94年からオリックスに移り、95年にリーグ制覇、96年にイチローらを率いて、日本一に輝いた。04年、野球殿堂入り。昨年末、近鉄・オリックス合併球団の監督を任され、復帰した。監督通算は1856試合で988勝815敗53分け、勝率5割4分8厘だった。

[日刊スポーツ 2005/12/15/23:42]

写真=オリックス監督を勇退し、会見で笑顔を見せる仰木彬氏(05年9月29日)



長島茂雄と同じ年。
バレンタイン監督より先に型にこだわらない勝つ野球を見せてくれていました。
ご冥福をお祈り申し上げます。




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  by rei7955 | 2005-12-15 23:20 | プロ野球

小田幸平捕手(28歳)

中日が巨人から小田を獲得 スポニチ[ 2005年12月13日]

 中日は13日、フリーエージェント(FA)宣言して巨人に移籍した野口茂樹投手(31)の補償選手として、小田幸平捕手(28)の獲得を発表した。

 小田は兵庫・市川高から三菱重工神戸を経て1998年に巨人入り。プロ8年目の今季は、正捕手の阿部が右肩痛で一塁手にコンバートされたシーズン終盤に先発の一角を担うなど31試合に出場した。

 小田は中日への移籍を了承し、「中日には谷繁さんという日本球界を代表する捕手がいる。少しでも技術を盗んでチームに貢献できたらと思う」とコメントした。

野口の人的補償選手として中日へ。中日には去年入団した小山捕手もいるし、ますます層が厚くなった。小山がんばれ!



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  by rei7955 | 2005-12-13 19:16 | プロ野球

森慎二投手(31歳)

デビルレイズが西武・森の独占交渉権を獲得
 【ロサンゼルス=下山田郁夫】米大リーグ・デビルレイズは12日、ポスティングシステム(入札制度)での大リーグ入りを希望していた西武の森慎二投手(31)について、独占交渉権を獲得したと発表した。落札額は明らかにされていない。

 森のポスティングについては、西武がすでにデビルレイズの落札額を受諾。今後、森とデビルレイズが来年1月11日まで独占交渉を行い、両者が合意すれば森の移籍が決定する。

 森は、山口・岩国工高から新日鉄光―新日鉄君津を経て、1997年にドラフト2位で西武に入団、リリーフ投手として活躍した。今季は、48試合に登板して2勝2敗5セーブ、防御率4・22。日本での9年間の通算成績は44勝44敗50セーブ、防御率3・39。

 森慎二「チームは若い選手が多いという印象がある。ワクワクしますね。奪三振の数が自分の魅力なので、そこを見てほしい」
(2005年12月13日12時45分 読売新聞)

メジャーでは中継ぎからのスタートだと思う。慣れるのに少し時間がかかるかも。佐々木や大塚ほどの実績がないのでちょっと心配。




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  by rei7955 | 2005-12-13 19:11 | プロ野球

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